ビジョン心理学ナイトライト・ニュースレター2026年3月号

2026年3月はパワフルな月です。自分自身との関係、ひいては成功やパワーとの関係が現れる月です。3月あなたは、誤解によって犠牲と罪悪感に陥った場所から回復できます。真の力の反対は、隠れた罪悪感と恐怖です。罪悪感はあなたのパワーと、すべてのパワーのもとである源の認識を妨げます。あなたの罪悪感は、批判と分離から来ており、自分を被害者にします。潜在意識は、あなたが自立、正しさ、自分のやり方で物事を進めるなど、エゴ的な理由ですべての被害者物語を書いたことを示しています。あなたは才能、愛、真実を選ぶことで状況を救えたはずなのです。
この選択は正しい関係を回復させる絆をもたらしますが、代わりにあなたはエゴの分離と痛みの道を選んでしまいました。人生のすべての出来事に責任を持つことで、否認していた真実が現れ、隠していたことが明らかになり、最終的には全員が無実だと気づくのです。真実は、被害者事件におけるあなたの共謀や誤った選択を明らかにし、責任を持つことによってそれを修正できるのです。エゴは常に他人の罪悪を非難しますが、それは自分自身の罪悪感と前に進むことを妨げる恐怖を隠している確かな証拠です。しかし、責任を取るというのは罪があるというのとはちがいます。責任を認識し、対処することはパワーと反応する力を与えますが、罪悪感はそれを奪います。すべての人に責任があり、そして誰も悪くないのです。神は罪悪を生み出さなかったので、罪悪は実際には存在しないのです。
あなたは罪悪感や罪の信念に投資しているからこそ、それらが現実的に感じられるのです。無垢そのものであられる神が罪を生み出せるのでしょうか? 無垢は強さであり、決して攻撃しません。なぜなら攻撃は弱さ、分離への信仰、そして真実に階層があるという信念から生まれるからです。そして、他者の価値観はまちがっており、自分とちがっている彼らは敵だと信じます。あなたが無垢であることがまずあなたを解放し、次に世界を解放します。あなたが罪悪感を感じるなら、それはエゴの目を通して見ていて、誰の中にも罪悪を見ているのです。罪悪感があなたと他の人を隔て、世界をちがいのあるものとして見ています。分離された世界とは闇と対立の世界であり、人々が恐怖から支配したい、または隠れたいと望んで、本当の自分でいられないところです。本当の力は励ましを与えます。それは分離を終わらせ、より大きな平等をもたらします。真のパワーは結びつけ、統合します。
違いは恐怖をもたらし、恐怖は自分の攻撃的な思考によってあなたを縮こまらせるので、攻撃が戻ってくるように感じます。判断や攻撃的な考えは、あなたを葛藤の世界に置き去りにします。ちがいを癒すと、それはつながり、対等な相互利益をもたらします。癒しは、より大きな完全性を持つ者から、今はあまり完全性を感じていない人へと、隔たりに橋をかけるものです。あなたの癒しと平和は世界に広がり、世界を幻想から解放します。
「奇跡のコース」はこう問いかけています:
私は自分を支配する世界ではなく、自分が支配する世界を望んでいるだろうか?
無力ではなく、自分が力強いと感じる世界を望んでいるだろうか?
敵などいない、罪を犯すことなど不可能な世界を望んでいるだろうか?
そして、私は否定してきたものを真実だからという理由で見たいと思うだろうか?
時には「私は自分を支配する世界よりも自分が支配する世界を望んでいるだろうか」という最初の質問に人々がためらうことがあります。なぜなら、彼らは支配したくないからです。これは、過去の関係、「前世」や祖先の問題から、権力を誤用したことに対する罪悪感があるためです。それでも多くの人は最初の質問には肯定的に答えられますが、認めてこなかった真実を見抜く最後の質問はうやむやにしてしまいます。あなたが否認してきたことは、あなたが苦しんだすべての経験の一部として現れます。潜在意識は、あなたが痛みと絶望に加担していることを明らかにします。痛みや絶望はあなたに自立し、自分のやり方で物事を進め、そうして分離するという口実を与えました。
分離するには誰かを責める必要があります。なぜなら、責めることがエゴの目的、例えば学びの教訓を避けるというエゴの目的に使われない限り、私たちは自分を責めたくないからです。私たちの分離は、関わるすべての人に罪悪感と痛みをもたらします。私たちは離れたことの責任を押し付け、誰かに害されたと投影してしまい、それを自己懲罰や自分が書いた脚本として認識するのではなく、被害者だと感じます。痛みを望む人はいないわけですから、他人のせいにすれば痛みや罪悪感が軽くなると思い込んでしまいます。これは真実とは正反対です。しかし、ほとんどのエゴが語るように、それは古い信念や誤り、過去の過ちに基づいており、批判から生じるものです。批判、責任転嫁、分離はあなた自身と他者との罪悪感を高めますが、実は私たちの問題は、前に進むことへの恐怖を隠すために使われた単なる過ちに過ぎません。ミスは修正され、すると自信と完全性を取り戻すことができます。
私たちの世代では、最も心が傷ついたり敗北感を感じたりするのは大抵3歳のときです。それは、自分のパワーや目的を受け入れないため、苦しい出来事を利用することを選んだときに起こります。なぜなら、自分の目的が自分には大きすぎるように感じるからです。3歳の時、私たちは何らかの状況を利用して苦しみ、誰かのせいにして「使命」から逃げ出しました。しかし、この目的こそが私たちを満たし、簡単な方法で貴重な魂の教訓を学ぶ助けとなるのです。3歳で失ったものは、癒さなければ一生続くハートブレイクと挫折のパターンになります。このトラウマは、小ささへの一歩となります。それは私たちの偉大さとハイアーマインドに対する拒否です。
すべてのネガティブな感情、痛みを伴う出来事は恐れから起きています。私たちは前に進むことを恐れています。私たちは自由になることや自分に降りかかるかもしれないことを恐れています。私たちは自分の才能や親密さを恐れています。私たちは自分たちの偉大さを恐れています。私たちは天の計画を恐れ、恩恵によってではなく自分たちで苦労して学ぶことを選びました。 前世でパワーに関する試練に落第したら、今世では力を持つことに対して弱気になるでしょう。過去に権力を乱用していたなら、信仰と自信と同義であるパワーが最も必要とされる今という時期に、パワーに対して及び腰になるでしょう。このパワーは、あなたの清らかさによって他者を解放し、すべてを癒す信頼の力を受け入れるためのものです。あなたの純粋さは力を与え、あなたのパワーは平和、完全さ、そして意欲と同じです。意欲とは私たちが与える部分であり、残りは天がやってくれると信じることです。
すべての力は神から来ています。もし心配する傾向があるなら、聖霊にマインドに入ってきてもらい、あなたのパワーと成功を司ってほしいとお願いすることができます。聖霊はあなたが行うどんな行動でも、あなたを通して働き、それを簡単で優雅にしてくれます。真の力は決して征服したりしません。それは決して支配しません。支配はエゴによる弱さや恐怖から来るからです。真の力は導き、道を示します; それは他者を自由にし、解放することしかできません。それは真実の権威を持っています。あなたは力と信仰を捧げるものを強化します。幻想に信仰を寄せれば、最初はそれが現実に感じられ、やがて自分を縛り付ける信念となり、それは手放すまで続きます。幻想を解き放つことが、幻滅の痛みの以前にみなさんに起こることを願っています。手放すことの方がずっと楽ですから。
真実はあなたをパートナーシップと完全さへと導きます。幻想は痛みと失敗をもたらします。真実は安らぎと自由をもたらします。私たちは幻想を許し、解放し、自分自身を取り戻すためにこの世に来ています。許しを重ねる中で、自分自身や他者との絆をますます深めていきます。これが愛、平和、自信、そしてより大きな成功へとつながります。外の世界は、私たち自身についての内なる信念を表しており、嫌いだったものを外に投影したものです。許しとつながりは私たちを癒し、その結果、世界は分断ではなくひとつにまとまり、闇や分裂ではなく光と統一をもたらします。癒され、団結すればするほど、世界はより明るくなり、自然に成功しやすくなります。
聖なる関係は、自分自身やパートナーだけでなく、天国を取り戻す最良の方法の一つです。これは、お互いに惹かれ合ってニーズを満たす特別な関係とは正反対です。特別な関係は、もう彼らから得るものが何もないと感じるまでは続きますが、その後はそこを去るか、あるいは、奪ってきたことへの罪悪感から犠牲の中に留まるかでしょう。関係におけるすべての痛みは、思い通りにならないことを、学ぶべきレッスンとしてではなく個人的な攻撃と捉えてしまう、特別な関係から来ています。聖なる関係は身体を超えて結びつくためのものであり、肉体は私たちの本質ではなく、学びのための乗り物に過ぎません。一方で、聖なる関係は違いを超えて心と心を結びつけることを目的としています。違いが消え去ると、そこにはただ統一、次に和合、そして最後にワンネスが生まれます。あなたとパートナーとの間の光と愛が大きくなるにつれ、創造主との関係を思い出すようになるのです。一般的に、あなたが批判し、否認し、抑圧してきたことを、今やパートナーとの違いとして経験しているのです。
過去に自分を批判してきたように、あなたは今パートナーを批判しています。完全性への道のりで、パートナーがあなたとちがうところは、自分自身の中に批判し埋め込んできたものだと気づくようになります。あなたは自分が優れていることで相手に勝ったと感じることもできますが、しかしこのようにして勝つのはエゴであり、あなたもパートナーも二人の関係も損をします。その際、あなたは正しく、より良く、パートナーはより劣っていて間違っているということになります。負けないために勝ったり引きこもったりする競争は、関係を破壊します。一方で、聖なる関係では、違いや勝ち負けの悪循環を聖霊に捧げて、簡単に溶かしてもらうことができます。
すべての問題は、どこで信頼して前に進むのを恐れているかを示しています。あなたの問題は、ペースを落としコントロールするための口実です。病気や自己攻撃は、エゴが恐れを隠し、あなたを縛りつける最良の方法の一つです。他者に愛を与えることは恐れを癒します。癒しは恐怖を自信と前に進む意欲へと変えます。恩寵は恐怖を癒します。観音様や聖霊に心の中に入って、平安をもたらしてくれるよう願うこともできます。『奇跡のコース』では、1日に100回聖霊を心に招き入れ、平和と光、そして神の愛をもたらしてもらい、どんな問題や気を散らすものにも対処してもらおうと提案しています。これを何度も繰り返すと、個人的なエゴではなく聖霊の部分と自身を同一化し始めます。この高次の心こそが幻想を超え、この危険な時代における解決策と安全の両方を含んでいるものです。あなたは観音様による千の慈悲の手のひとつとなり、慰めを求めて訪れるすべての者のための寺院となることができます。あなたが彼女を呼ぶたびに、彼女はあなたを通じて働きます。彼女はワンネスに到達し、私たちが今直面しているすべての問題を経験し乗り越えてきました。「彼女は道を知っている」ので、お願いすれば家へ導いてくれます。私たちのエゴは痛みと不幸を招きました。天国の道は平和と美しさの道です。
力を手にいれ、保持する方法を教えてくれるのは愛です。愛情なくやるのは、競争的で排他的で「あなた」のためだけにエゴを満たすためです。犠牲はあなた自身や個人的な自己、いわゆる霊的優越性に注意を集めます。愛をもって力を受け入れることは犠牲ではなく、あなたを満足させる奉仕をもたらします。それは単なる無私の奉仕ではありません。高次の自己による奉仕です。目標が依然として源とのワンネスであるとき、それ以外は幻想で付随的なもの、重要でないものとして消え去ります。こうすることで、世界の無意味さや非現実性に気を取られ、引き込まれることがなくなります。
あなたの不幸は幻滅から来ており、その解決策は、あなたが信じていたものは幻想であり、人生がどうあるべきかという特権意識から生まれた破れた夢だったと気づくことです。幻滅し、夢が砕け散ることは、偽りであってあなたを支えることができないものを諦めるための苦しい方法です。真実を望めば簡単な道となります。真実はおのずからパートナーシップを開き、長い間大事にしてきた、すべてを自分一人でやろう、当然の権利として何かを手に入れよう、というような幻想を捨てるように呼びかけます。私たちが大切にしているものこそが、私たちが執着しているものです。私たちは夢が粉々に砕け散るという嫌な目覚めを経験するまで、執着を手放さずにいることもできますが、幻想は恐怖と未来への幻滅に基づいています。それらは私たちを執着から引き離しますが、その影響を非常に厄介で居心地悪く感じるため、私たちは単に代わりになる別の幻想を探して、自分の一般的な世界観を保とうとします。これが幻想と幻滅の悪循環を生み出し、最終的に自分の幸福を外側に求めるのを手放すまで、それは続きます。
1960年代の著名な精神科医ブルーノ・バトルハイムは、期待やファンタジーが裏切られたときに人は失望で死ぬと言いました。そこは最後の希望が消えたところです。真理は永遠であり、永遠に頼れば失望は見つかりません。多くの人が、夢が破れたために家族から離れたり、人間関係からかなり距離を置いたりしました。私たちが頼っていたものは、私たちを支えてはくれませんでした。時には、幻滅したり強制されたりして宗教が私たちにとって苦しくなり、それが私たちの反発につながったのです。しかし今、霊性こそが意味を与えるものだと気づくことが必要です。霊的なものは愛、喜び、癒しです。私たちが誤って投資したものが、私たちのみじめさと幻滅を招いています。意味は絆から生まれます。それは私たちが取ったり、奪ったりするものではありません。それは私たちが与え、受け取るものです。今、私たちは過去を手放し、天が差し出す意味に心を開くよう召されています。今、私たちを支えてくれるのは、真の意味を持つものだけです。
人生の中で、少なくとも一度か二度は、選択なしにこれ以上進めない岐路にたどり着くことがあります。もし私たちが怖くて、天からの代替案を選ぶ代わりにあきらめてしまったなら、私たちは本当の自分を捨て、世界が望む自分になってしまったのです。私たちは犠牲、恨み、燃え尽きの人生を築いてきました。しかし、私たちが自分ではない誰かになろうとしたのは誤った選択でした。リタ・メイ・ブラウンが言ったように、「妥協の報酬は、あなた以外のみんながあなたを好きになることだ」と。私たちは自分らしくいることを恐れていたあの場所に戻り、再び選び直して天の道を歩み、現在に至るまで選び続け、犠牲とそれに伴う燃え尽きの年月を消し去ることができます。もう一度選ぶことができます。(奇跡のコース)自分に正直でなければ、誰にも正直でいることはできません。
力を取り戻すことは、本当の自分を取り戻すことです。平和と真理のために、一日に何度も聖霊を心に招くというシンプルな願いで、これを行うことができます。 天はあなたの心を秩序正しくしたいのです。秩序こそが真実であり、愛とパートナーシップ、喜びをもたらすからです。神のことをますます考えるにつれて、徐々に自我の心は溶けていき、聖霊という心の部分だけがあなたの唯一の心となります。その結果、あなたはますます無限のパワーと至福を取り戻していきます。兄弟を解放すると、自分自身も解放されます。兄弟と自分自身を解放することで、世界も解放されます。あなたは真の自己、すなわち神と無限の愛と一体となった、本当の自己に戻ってくるのです。あなたは一日に何度も神とつながることができ、すると心が奇跡の力を思い出し、天の無垢な目を通して世界を見るようになります。こうして世界は救われるのです。 3月の力強く自然な外向性をバランスよく保つために、内面に向き合う時が来たのです。
ナイトライトニュースレター
2026年3月
ハワイ州カホク
翻訳 栗原弘美
